大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和33年(オ)312号 判決 1963年10月29日

上告人 東京国税局長

訴訟代理人 青木義人 外七名

被上告人 富士重工業株式会社

主文

原判決中第一審判決を変更した部分を破棄する。

右の部分に関する被上告人の控訴を棄却する。

原審及び当審の訴訟費用は被上告人の負担とする。

理由

上告指定代理人青木義人、同関根達夫、同栗原安、同簑輪恵一、同堺沢良の上告理由は別紙のとおりである。

論旨は、原判決が、国税局長が審査決定をするに際し、税務署長がした決定した金額よりも増額して決定することはできないとしたのを非難するのである。

納税義務者の課税価格の申告に対し税務署長がする更正について、国税局長に審査請求をゆるす制度が、納税義務者を不当な課税決定から救済するためであることは、原判示のとおりである。しかし、戦時補償特別措置法による本件審査請求その他昭和二五年における所得税法その他諸税法の改正前においては、審査請求があつた場合には、課税の適正を期するため、国税局長はあらためて、課税価格を決定すべきものと解されていたのであつて現在において、その解釈を違法とすべき理由はない。戦時補償特別措置法三一条の「これを決定し」の「これ」の趣旨を原判示のように審査請求の当否のみに限定して解すべき根拠はない。むしろ国税局長は覆審的に課税価格を決定する趣旨に解すべく、そして不利益変更禁止の規定がない以上、国税局長の決定の金額が税務署長がした更正金額よりも多額になつてもやむを得ないのである。もとより、かくして国税局長が決定した場合には、これに対し行政上の不服申立がゆるされないことになるけれども、現行法においても、国税局長がした処分については審査請求がゆるされないのであつて(国税通則法七九条四項)、必ずしも不合理とはいえない。この点に関する論旨は理由があり、原判決は破棄を免れず、そして、この点に関する被上告人の請求を棄却した一審判決は正当であつて、被上告人がした控訴は理由がないものといわなければならない。よつて、民訴四〇八条、三八四条、九六条、八九条により、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判官 河村又介 垂水克己 石坂修一 五鬼上堅磐 横田正俊)

上告人指定代理人青木義人、同関根達夫、同栗原安、同簑輪恵一、同堺沢良の上告理由

原判決には戦時補償特別措置法第三十一条の解釈適用を誤まつた違法がある。

すなわち、原判決は、上告人東京国税局長が、被上告人の本件審査請求に対して、原処分たる麹町税務署長の更正による課税価格(十三億二千三百六十八万三千百四十六円九十九銭)を増額する審査決定(課税価格十五億千百七十二万九千八十七円五十一銭)をしたことを違法とし、その理由として、(イ)かような増額審査決定を認めることは納税者の救済制度たる審査制度の目的に反すると考えられること、(ロ)戦時補償特別措置法制定後の改正に係る現行の所得税法、法人税法において増額審査決定が認められていないことは明文上明らかであるところ、右現行所得税法、法人税法等が従前の審査制度の本質を変更したものとは考えられないこと、(ハ)戦時補償特別措置法第三十一条の「政府は前条第一項の請求があつたときは、これを決定……」の「これ」が審査請求自体の当否をいうものであることは文理上明らかで、従つて、政府としては請求を審査した結果、その理由がないならばこれを棄却し、その理由があるならば原決定の全部又は一部を取消す旨の決定をすべきもので、本件のように増額審査決定を行う権能を与えられたものとは考えられないこと、の三点をあげているが、これは同法第三十一条の正当な解釈ではないと思われる。その理由はつぎの通りである。

一、右の(イ)において、原判決は、国民のために設けられた救済制度においては、当然に、申立人のために不利益変更禁止の法理がはたらくということを、立論の根拠としているようであるが、この法理は、異議の申立、審査の請求、訴願等のような違法または不当な行政処分に対する行政段階における不服申立制度(以下単に訴願といい、これに対する決定を裁決という)には、必ずしも常に妥当するものではないのである。

学説上一般に、訴願裁決に当つて、裁決庁が、申立人の申立の範囲に拘束されるか否か、いいかえれば不利益変更が許されるか否かは、当該裁決庁と原処分庁との相互の関係によつて定まるとされている。すなわち、裁決庁が原処分庁に対して一般監督権を有する上級庁である場合には不利益変更が許され、そうでない場合には不利益変更が許されないとされている。この考え方は、一般監督権を有する上級庁は、訴願の提起のない場合でも、本来行政の適法性及び合目的性を確保するために職権を以て下級庁の処分を審査し、その取消又は変更を命ずる一般的権限を有するものであり、このことは訴願の裁決に当つても何ら変りはないはずであるから、訴願の場合でも、その審査の範囲は申立人の申立の範囲に拘束されることなく、行政の適法性及び合目的性を貫くため必要な限り申立人に不利益な裁決をすることも許さるべきであるとの理由にもとずくもので、まことに妥当な考え方であると思うのである。(もつとも、上級庁の一般監督権といえども、下級庁に原処分の変更を命じ得るに止まり、自らこれに代る新らしい処分をなし得る権限を当然には包含するものでない。そこで、右の点について、或は、訴願裁決庁が一般監督権を有する上級庁である場合でも裁決に当つては原処分の不利益変更は許されず、もし裁決庁において審査の過程において原処分を不利益に変更すべき事由を発見した場合には、訴願手続とは別個に、下級庁に対してその変更を命ずべきである、と論ずるものもあるかもしれない。しかし、これも全くの形式論で実益のない議論というべきである。すでにして訴願裁決庁たる上級庁に、訴願手続と別個に、下級庁に原処分の変更を命令する権限があるとするからには、むしろ、端的に原処分を自ら不利益に変更する権限があるとした方が遙かに簡明で、手続の経済を図るゆえんであり、申立人にとつても、前の場合と比較して、何等実質的な不利益がないからである。)従つて上級監督庁を裁決庁とする訴願においては、特に法令上、行政の適法性及び合目的性の確保を或る程度犠牲にしても行政に対する国民の救済という意味を貫徹しようとする趣旨が明らかにされている場合でない限り、裁決において申立人に不利益に変更することも許されているものと解さなければならない。

右の考え方は、学説上殆んど異論を見ないところである(美濃部達吉「日本行政法」上巻八六七頁、同「行政法判例」一、二五〇頁、同「公法判例大系」下巻五九三頁、田中二郎「行政法」上一九六頁、雄川一郎「行政争訟法」二五〇頁、柳瀬良幹「行政法」一七六頁、田上穣治「行政法原論」二五七頁、渡辺宗太郎「日本国行政法要論」上三九一頁、宮沢俊義「行政争訟法」八一頁、杉村章三郎「行政法要義下巻」二一八頁参照)

二、原判決があげている右(ロ)の点は、全く原判決の誤まつた独断に過ぎない。所得税法、法人税法等の昭和二十五年法律第七十一号、第七十二号等による改正によつて、初めて所得税、法人税等に関する従前の審査制度の構造が根本的に変更されたのである。

すなわち、前記の通り、一般監督権を有する上級庁による訴願裁決の不利益変更は一般に学説の承認するところであつたし、特に、租税賦課処分の審査制度におけるその具体的適用については、行政裁判所の判例が古くからこれを肯定する態度を明らかにし、(行政裁判大正六年第五五号大正七年三月三〇日宣告、同大正八年第五二五号大正一一年一〇月一〇日宣告、同大正九年第六九号大正一一年一〇月一〇日宣告、同昭和三年第三三二号昭和五年一〇月四日宣告、同昭和三年第三三三号昭和五年一〇月四日宣告参照)、学説もこれを支持していたので(例えば、美濃部達吉「行政法判例」一、二五〇頁、同「公法判例大系」下巻五九三頁)、所得税法、法人税法等について前記改正が行われる前の各税法の審査制度については、法規の解釈も実務の取扱も、国税局長(古くは税務監督局長、財務局長)の審査決定が、単に不服申立ないし税務署長の課税処分の当否を判断するにとどまらず、改めて広く課税原因について再審査を加えた上で新な課税標準の決定としてなさるべく、その際原処分よりも申立人に不利益な決定がなされることも何等差支えない、との見解に一致していたのである。

ところが、昭和二十五年の所得税法、法人税法等の全面的改正にあたつて、審査決定を単に不服申立の限度において原処分の当否を判定することだけにとどめるのが、納税者の保護に徹するゆえんではないかとの立法政策上の議論が生じ、これに基ずいて前記改正が行われるに至つたもので、この改正は全く従前の審査制度の構造を覆審的なものから事後審的なものに変更したものに外ならないのである。(戦時補償特別措置法の審査制度については、同法による課税が臨時的特別措置で、事後継続して行われるものでない、その性質にかんがみ、その改正は行われなかつた。)

三、右(ハ)において、原判決が、戦時補償特別措置法第三十一条の「……これを決定し……」の「これ」が審査請求自体の当否をいうことは、文理上明らかである、としているのも独断である。文理解釈としては、「……これを決定し……」は「……審査決定をし……」の趣旨と読むのが、むしろ素直な読み方と思われる。そこで、問題は、その審査決定が如何なる事項を内容とすべきものか、いいかえれば、審査制度が事後審的のものであるか覆審的なものであるか、ということであろう。そして、それが覆審的なものでありその内容が具体的な課税標準の決定であるべきことは、右に述べたところから既に明白で、改めて論ずるまでもないと考える。

大正九年法律第十一号所得税法、昭和十五年法律第二十四号所得税法等の下においては、その施行規則に、それぞれ、税務監督局長(財務局長)が審査決定において「納税義務者の所得金額を決定」したときは、これを納税義務者に通知すべき旨の規定が置かれ(大正九年勅令第二二六号所得税法施行規則第五九条、昭和十五年勅令第一三四号所得税法施行規則第八十条等)、審査決定の内容が所得金額の決定である趣旨が明らかにされているし、行政裁判例も古くからこのことを明確に肯定し、学者もこれを支持しているのである(前掲各行政裁判例のほか、大正九年第四七号大正十年十月十日宣告。美濃部達吉、前掲各著書参照。なお、この点については本件の第一審判決、理由、第四を参照されたい)従つて、右改正前の所得税法等の審査に関する規定と同一の体裁の下に規定された戦時補償特別措置法の審査の決定についても、同一の解釈がなさるべきことは当然である。

以上述べた通り、戦時補償特別措置法制度当時の税制においては、審査の請求があつた場合に、政府が、申立人の申立の範囲にかかわりなく広く課税原因の再審査を行つた上、改めて具体的な課税標準を決定すべく、その内容が申立人にとつて原処分よりも不利益なものであることを妨げるものでないということに、判例も学説も実務の取扱も一定し、確固たる行政慣例とさえなつていたのである。従つて、他の税法のように昭和二十五年の前記改正を経ることのなかつた、戦時補償特別措置法第三十一条の解釈としては、審査決定の性質を右のように考うべきことは当然で、この点を無視し、前記の如き独断の下に、本件審査決定を違法と判断した原判決は、、破毀を免れないと信ずるのである。

以上

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